夢幻城ばぁる: この大地の果てで

2011年4月22日金曜日

この大地の果てで

魔法少女まどか☆マギカの11話、12話を視聴しました。

興醒め しました。

なんですか、これは。私が期待していたのはこういうことではないんですが……。
ほむほむが絶望しかけたところまではよかったんですけど。
気になるのが『ワルプルギスの夜』が強大である理由がすっとばされてる点。
魔法少女2人でなら倒せる……ってレベルじゃねーぞ(笑) 扱いも酷いし。

QBによって因果律に干渉できるようになったわけですが、無理があるだろ。
わかりにくいが説明してみます。二次元(面)の世界からは三次元(立体)の世界の全貌が見えない。これは、二次元(面)の世界から三次元(立体)を見ようとしても「高さ」という概念がないため、断面図でしか見ることができない。身近な例で書くと、数百枚の紙束の横に文字を書いて(図書館だと本の横に○○図書館みたいな黒判があると思う)、そこから一枚取り出しただけでは全貌が理解できない。こういうこと。
そして、我々は三次元の世界に存在している。が、仮に四次元が存在していてもそれを知覚することが出来ない。

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私的に四次元は三次元の要素に奥行き(物質に内包される世界の深さ)が各々追加されると思っています。
角砂糖1個に含まれる全ての粒に別々のエネルギーが内包された世界だと。一個一個が全て大きさの違うブラックホール(球)であるが、三次元ではその大きさを知覚できないために均しく見えることで、結果、四角くなる。って感じ。
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同じように考えると、願いによってまどかが因果律に干渉できるということは、それを可能にする為により高位の存在が必要となるはず。QB達はあくまで、知的生命体の延長上にあって同次元の存在なので、どのような手段を用いてもそれはできない。仮にそれが可能であるならば、改編後の世界であっても因果律の調整によってソウルジェム消滅による魔女化阻止を、さらに書き換え直すことで再び魔女化される仕様に戻せるはず。ということ。
ちょっと粗末過ぎやしませんかね?

ハッピーエンドにまとめたいなら旧神エンドに近い感じで、まどかが自由に時間を移動して自身の手で全ての魔女を倒して疲弊。個体(自我)を保てなくなり、半ば概念と成りかけた頃にほむほむと再開で終了、でいいと思うのだけど。
バッドエンドに仕立てたいならば、ほむほむ魔女化とまどか討伐魔女化の無限螺旋で。
救いがないとか地上波だからとかっての排除したドキツイのを11話終盤で分岐したところからOVAみたいな感じで補完してほしい。

ちなみに、タイトルの『この大地の果てで』は永遠のアセリアのエンディング。
この作品では、主人公がエターナル化(ヒトより上位の位階に進み)し家族、友人、戦友、世界から存在・記憶・記録が抹消されて、かつて仲間だった者達ために未来永劫戦い続ける……という話です。


エスクードの新作、彼女は高天に祈らないの製品ページが公開されたようです。パッと見悪くない。これはちょっと期待だね。